コーヒー屋は、都会にあるもの。
人が集まる場所で、にぎやかに商売をするもの。
そんなイメージを持たれている方も多いかもしれません。
私たちスローコーヒーは、
2000年の創業以来、千葉県・松戸に焙煎と発送の拠点を持ち、
全国のお客さまへコーヒー豆をお届けしてきました。
でも今、私たちの働き方は、少しずつ形を変えています。
社員の3人のうち2人は、都会にいません
現在、スローコーヒーのメンバーは、
松戸で焙煎と発送を担う拠点
岐阜・郡上でコーヒースタンドを営みながら経営に関わる社長
岡山でオンラインショップや卸、経営を担当する私
というように、離れた土地で、それぞれの役割を持って仕事をしています。
「田舎暮らしを楽しんでいるんですね」
そう言われることもあります。
けれど、実はそれが目的だったわけではありません。
都会を離れた理由は、「理想」ではなく「現実」でした
私が岡山に移り住んだのは、2015年のことです。
きっかけは、2010年の原発事故でした。
これから先も、
この仕事を、
この暮らしを、
無理なく続けられるのだろうか。
そんな問いを突きつけられたのが、正直なところです。
都会にいなければできない仕事なのか。
家族や健康を削らなければ、成り立たない商いなのか。
考えた末に出した答えが、
「場所を変えても、続くかどうかを試してみる」
という選択でした。
離れても、やめなかった理由
結果として、私たちはコーヒー屋をやめませんでした。
焙煎の質は落ちず
発送も変わらず
お客さまとの関係も途切れず
20年以上、商いを続けています。
それは、
誰か一人が無理をしなくても回る形を選んだから
だと思っています。
「コロナ禍」とは、何だったのか
数年後、世界はコロナ禍を経験しました。
それまで当たり前だった都市集中の暮らしが一変し、
「密を避けましょう」と、社会全体が言われるようになりました。
人が集まること
移動すること
顔を合わせて働くこと
それらが一時的に、制限された時代です。
振り返ってみると、私たちは(結果的に)
コロナ禍の前から、リモートワークや分散した働き方にチャレンジしていました。
当時は、
「なんでリモートでやってるの?」
「わざわざ離れる必要あるの?」
そんなふうに見られることもありました。
けれどコロナ禍を経て、
それは特別な選択ではなく、当たり前の選択肢になっていきました。
「過疎と過密」を考えるようになった
移住してから、社長の小澤は
「過疎と過密」という言葉を、よく口にするようになりました。
コロナ禍ではっきりしたのは、
田舎が「過疎」なのではなく、
都市が「過密」なのではないか、という感覚です。
人が集中しすぎることで起きる歪み。
逆に、人がいないことで失われていくもの。
日本は、本来
都市と田舎が、もっといいバランスを取れる国だと思っています。
そのほうが、
暮らしも、仕事も、
きっと幸福度は高くなる。
私たちは、そんな仮説を持っています。
分散しているからこそ、判断がブレない
流行りのフレーバー
派手なパッケージ
短期的に売れそうな仕掛け
正直、そうした誘惑は常にあります。
でも私たちは、
「毎日飲めるか」
「長く続けられるか」
を基準に、豆を選び、
自分たちの味覚を信じて、
自分たちが本当においしいと思えるコーヒーを焙煎しています。
離れた場所で、それぞれが生活をしながら仕事をしているからこそ、
無理のある判断をしなくなった
とも言えるかもしれません。
価格改定を経て、あらためて考えたこと
実はここ数年、
コーヒー豆の仕入れ価格や物流費の高騰により、
価格を見直さざるを得ない場面がありました。
その結果、
これまでご愛飲くださっていたお客さまの中にも、
離れてしまわれた方がいらっしゃったことを、
私たちは真摯に受け止めています。
だからこそ今、
ただ「安いから」戻ってきていただくのではなく、
なぜこのコーヒーを続けてきたのか
なぜこのやり方を選んでいるのか
を、きちんとお伝えしたいと思うようになりました。
田舎暮らしを“売り”にはしていません
自然が多い場所に住んでいますが、
それを自慢したいわけではありません。
私たちが伝えたいのは、
暮らしを壊さずに、
仕事を続けていくことはできる
ということ。
そして、
そうして続いているコーヒーには、
ちゃんと理由がある
ということです。
最後に
もし、
「派手じゃなくてもいい」
「毎日の一杯を、大切にしたい」
そう思われる方がいらっしゃったら、
スローコーヒーのコーヒーは、
きっと相性がいいと思います。
都会から離れても、
分散して働いても、
私たちは今日も、
同じようにコーヒーを焙煎し、送り続けています。
それが、スローコーヒーの物語です。



